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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和42年(ネ)179号 判決 1969年7月25日

控訴人 株式会社般若鉄工所破産管財人 林喜平 外一名

被控訴人 雄伸工機株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

当審における被控訴人の請求の減縮により原判決主文第一項は次のとおり変更された。

被控訴人が控訴人両名に対し金五九六万七、二四三円の約束手形金および金一八万七、〇〇〇円の為替手形金並びにこれらに対する昭和四二年一月八日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員のいずれも財団債権を有することを確認する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、書証の認否は左記に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの陳述)

一、原判決事実摘示第四「被告の抗弁」の二の次に左記のとおり附加する。

(一)  仮りに、被控訴会社がその主張のごとき手形債権を有するとしても、昭和四三年四月一日訴外新井勝美および同昭和商事株式会社に債権譲渡したから、被控訴会社の控訴人らに対する本訴請求は失当である。

(二)  被控訴代理人の自白の撤回につき異議がある。

二、原判決事実摘示第七「再抗弁に対する被告の答弁」に次のとおり附加する。

(一)  更生会社株式会社般若鉄工所には三名の更生管財人があり、会社更生法の登記(一七条)と公告(四七条)がなされているが、九七条一項但書の職務分掌については登記がなされていないのである。したがつて管財人三名は共同してその職務を行わねばならない(九七条一項本文)のであり、共同してとは一致しての意であり、管財人団は一体として活動すべきである。すなわち会社事業経営上の取引につき、又手形行為その他一切の意思表示につき共同して行うことを要し、然らざるときは効力を生じないと解すべきである。

(二)  更生管財人に関する会社更生法九七条一項本文を株式会社の共同代表に関する内部的制限(商法二六一条三項、七八条二項、民法五四条)や商業使用人(商法四三条)の法理と同一に解することは誤りである。共同代表の本質につき数人の代表者がその代表権の行使に共同を要するとの説をとつても、代表権が数人に合有されるとの説をとつても対外的制限たる効果をもつていることにかわりはなく、外観を信頼した第三者の信頼を保護しようとする表見代表の議論でもない。問題は代表権にあるのではなく、手形行為という意思表示が会社更生法五三条に定める管財人の専属的権利行使であり、かつ九七条の職務であつてこれが単独行使できるかということである。控訴人らは管財人らが共同の職務として一致した様式行為としての手形行為でない本件振出、裏書はいずれも無効であると解する。

(三)  被控訴代理人は商法二六二条を類推適用しても本件手形は有効であると主張する。なるほど、数人の更生管財人の権利行使(会社更生法五三条)が他面外部的には代表権限の行使としてあらわれることから、共同代表の定めがあるのに、単独で代表権限を行使した場合に類似するのであるが、このような類推は司法的統制に服しない企業法人に対するもので、かような外観を作り出した法人側に帰責事由があり、かつその外観を第三者が信頼した善意又は無過失があることを要件とし、この要件を欠くところの類推適用は考えられないのである。

しかるに本件は司法的統制監督に服する更生会社であり、数人の管財人が登記公告され、野村管財人の単独権限行使が他の管財人の同意をうけ、又は黙認されていたものでなく、本訴手形の外観を第三者である被控訴会社が信頼していた善意があるとはいえない。すくなくとも、共同すべき他の管財人があることを知らないことに過失がないとはいえない場合である。すなわち被控訴会社はその株式資本の六割とその土地建物および生産施設の大部分を更生会社が有するその下請企業であり、野村管財人が代表取締役を兼任していた。その野村管財人が被控訴会社に対して手形を振出し裏書した場合である。もつとも現在の被控訴会社代表取締役湊健一に交替してから裏書したものがあるけれども、湊健一は被控訴会社の元職長であつた者であり、更生管財人三名のあることを熟知し、かつ本件手形譲渡等のため更生会社破産宣告後野村と共謀して正規の株主総会を開かないで登記名義上の代表取締役の地位にあるものである。しかも野村は被控訴会社の個人保証等利害共通の立場にある。被控訴会社が一般財団債権が破産上全く配当余地のないことを承知の上で、本件手形等を他から期限後裏書で取得してきて、本訴確認判決を得た上は、破産会社と共に倒産しすでに休業している被控訴会社の工場生産施設がすべて控訴人らに接収済であるにもかかわらず、強いて留置権の行使と称してこれを任意競売によつて破産手続外で競売換価し、優先弁済の名のもとに不当な利得を図ろうとするもので被控訴会社の悪意は明白である。かような事実関係のもとにおいては表見代表の法理を類推適用すべき余地は全くない。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴会社の本訴請求中原判決添付第一目録のうち1、三万一、四〇二円および8、一〇万五、九一九円の約束手形に関し債権の確認を求める部分につき請求を減縮する。

二、控訴人ら主張の債権譲渡の事実は否認する。当審第四回口頭弁論期日に債権譲渡の事実を認めると述べたのは真実に反し錯誤によるものであるから右自白は撤回する。

仮りに右債権譲渡の事実があつたとしても、被控訴会社は訴外新井勝美同昭和商事株式会社より金五〇〇万円の貸付をうけることを条件とし担保として本件債権を譲渡したものであるところ、右訴外人らは認定に反して金銭の交付をしなかつた。そこで、被控訴会社は右債権譲渡を詐欺による意思表示として昭和四三年五月二四日附内容証明郵便をもつて取消通知を発し、右通知書は翌二五日右訴外人に到達したから、右債権譲渡は効力を失い、被控訴会社が債権者たることに変りはない。

三、(一) 厚生会社般若鉄工所の厚生管財人三名のうち野村憲一は経営部門を、金森康成は経理部門を、河村光男は法律関係部門を担当していた。右のとおり分担するについては裁判所より明確な決定があつたわけではないが、各管財人の職業を考慮するときは右のごとく分担することが予想され、裁判所も黙認し、事実上右のごとく分担して事業の執行が行われた。

(二) 右事業執行の実情としては経営部門の担当者として毎日数多くなされる取引について三名共同して執行することは不可能であり、殊に手形の振出、裏書のごときは支払決済の手段であり、原因関係の取引についてあるいは管財人三名共同して職務を行う必要があるかもしれないが、現金の支払に準ずる手形行為についてはその必要がないと解する。

(三) 更生会社般若鉄工所はその事業執行のため恐らく数千通の手形を振出しており、そのいずれも野村管財人単独名義の振出であり、他の管財人もこの事実を認めていたものである。管財人三名が共同して職務を行うという規定は存在しても、会社と取引する第三者は果して手形行為について適用あるか否かせん策するであろうか。右会社の取引銀行でさえ野村管財人の振出手形をなんら疑わずに決済してきている。しかも管財人のうちには法律家である河村管財人が就任しておりこれについてなんらの注意を払つておらない。監督裁判所も同様である。それ故野村管財人の振出裏書ある手形をもつて仮りに無効であるとしても、これを有効であると信ずるにつき責むべき過失はない。商法二六二条を類推適用しても本件手形は有効であると確信する。

その余の控訴人ら主張事実については被控訴人の主張に反する点は全部否認する。

(新立証)<省略>

理由

原判決添付第一目録記載の各約束手形及び同第三目録記載の為替手形がいずれも更生会社株式会社般若鉄工所の事業の経営に関し支払すべく振出された手形であること、同第二目録記載の約束手形も右会社の事業の経営に関し支払すべく裏書された手形であることは当事者間に争のないところである。

そこで控訴人らの抗弁について考察する。

一、控訴人らは右各手形は管財人野村憲一の単独名義で振出又は裏書された手形であるから無効である旨主張する。

更生会社株式会社般若鉄工所の更生管財人が野村憲一、金森康成、河村光男の三名であつたこと、被控訴人の主張にかかる各手形がいずれも管財人野村憲一単独の記名捺印により振出又は裏書されていることについては当事者間に争がない。会社更生法九七条一項によれば管財人が数名あるときは職務分掌の定めなき限り共同して職務を行うこととされているところ、職務分掌の定めの存することについてこれを認むべき証拠のない本件においては、管財人全員において手形行為その他一切の法律行為をなすべきである。にもかかわらず管財人野村憲一単独名義で振出又は裏書のなされた本件冬手形は無権限による代表行為として更生会社に対し効力を生じないものというべきである。

この点に関し、被控訴代理人は現金の支払に準ずる手形行為については、管財人全員共同してなす必要はない旨主張するが、会社更生法九七条所定の職務の執行には手形行為も含まれることはいうまでもないから、被控訴代理人の右主張は採用できない。

しかしながら、更生会社の管財人が数名あつて職務分掌の定めのない場合に更生管財人の一人が単独で行なつた手形行為についても、商法二六二条の規定の類推適用が許さるべきであると解するのが相当である。

ところで成立に争のない甲第一六号証、原審証人野村憲一、同金森康成、同城能春雄の各証言、当審証人河村光男の証言によれば、訴外野村憲一は更生会社般若鉄工所の更生管財人として常勤し経営部門を担当し他の管財人たる河村光男、金森康成の同意の下に取引、資材購入、代金支払の職務を担当し、経理課長をして野村憲一の単独名義で手形の振出又は裏書の記名捺印をなさしめており、他の管財人もこれを黙認し敢て異議を述べなかつたこと、本件各手形も右のごとくにして管財人野村憲一の単独名義で振出又は裏書されたものであること、三管財人の間には正式の職務分掌の定めは存しないが、事実上職務分掌がなされ、監督裁判所も野村管財人が経営部門を担当し、単独名義で手形行為をなしていたことを黙認していたことが認められ、右の事情より考えると、本件各手形の振出又は裏書の直接の相手方である第三者ないし本件手形取得者たる被控訴会社において野村管財人が単独で手形行為をなしうるものと信じており、かつ右信ずるにつき過失がなかつたものと推認される。

してみれば、更生会社は野村管財人単独名義で振出、又は裏書された本件各手形について振出人又は裏書人としての責に任ずべきである。

二、控訴人らは原判決添付第一目録2ないし7、9ないし15の各約束手形がいずれも期限後裏書であり、かつ手形債務者に債権譲渡の通知をしていないから被控訴会社は有効な手形債権者といえない旨主張する。

右各手形がいずれも期限後裏書により裏書譲渡されたものであることについては当事者間に争のないところであるが、手形債権の譲渡は手形法上の裏書の方式をとることにより適法に譲渡せられ、指名債権譲渡の効力を有するにとどまりその方式まで指名債権譲渡の方式によらねばならないものでないこというまでもないから、控訴人らの右主張は失当である。

三、控訴人らは被控訴会社において昭和四三年四月一日訴外新井勝美及び同昭和商事株式会社に本件手形債権を譲渡したから被控訴会社の本訴請求は失当である旨主張する。そして右債権譲渡について被控訴代理人は当初これを自白したのに後に至つて真実に反し錯誤に出たことを理由として右自白を撒回し控訴人らはこれに異議を述べるので右自白取消の成否についてまず検討する。

当審証人新井勝美の証言によれば、同人は被控訴会社より訴外般若鉄工所に対する金六一〇万円余の確定判決にもとづく手形債権を担保に金五〇〇万円の金融を依頼されたが、右手形債権の判決が未確定であることを知つて右融資を拒絶したため、本件手形債権の譲渡は不成立に終つた次第が認められ、被控訴代理人のなした債権譲渡についての自白は真実に反するものというべく、右自白は被控訴代理人の錯誤によるものと推認されるから右自白の取消は評さるべきである。

そして右認定事実によれば、債権譲渡は不成立となり依然として被控訴会社が本件手形債権の債権者の地位を有するというべきである。もつとも成立に争のない乙第二六号証には債権譲渡の旨記載されているけれども、官署作成部分につき成立に争なく被控訴会社代表者湊健一の当審における尋問の結果によりその余の部分も成立を認めうる甲第一七号証、同第一八号証、成立に争のない同第一九ないし第二二号証によれば、前記債権譲渡通知は取消されていることが認められるから、乙第二六号証によつては前記認定を左右しがたい。

よつて控訴人らの右主張も採用のかぎりでない。

以上の次第ゆえ、控訴人らの抗弁はいずれも理由なく、本件各手形債権は有効であり、且つ被控訴会社において現に本件各手形を所持しているものというべきである。

そして更生会社般若鉄工所が破産宣告をうけたことは当事者間に争のないところであるから、本件各手形債権は共益債権として破産宣告とともに財団債権に属するに至つたものというべきである。

よつて、控訴人らに対し原判決添付第一ないし第三目録記載の各手形につき財団債権に属することの確認を求める被控訴会社の本訴請求は正当として認容すべきであり、これと結論を同じくする原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由なく棄却を免れない。

しかし、被控訴代理人は当審において原判決添付第一目録のうち1の三万一、四〇二円と8の一〇万五、九一九円の約束手形債権についての確認請求を撤回したのでこの限度において原判決主文第一項は変更を免れないから主文第二項のとおり宣言することとする。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島誠二 黒木美朝 井上孝一)

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